母もなんだかんだで元気だし、
なんでか父の遺影の中に私の写真が入っている(※注1)のが気にかかるが
おそらく母の私への「早く死にやがれクソガキ」コールではなく
生来のよくわからない行動ばっかりの日常生活から来ている、
なにか特に意味のない行為だと思うので見て見ぬふりをした。
まあとりあえず京都まで出る。
夕方に家を出て、20時くらいまで京都をぶらぶらしてから
大垣まで移動し、
大垣夜行(※注2)で東京まで18きっぷで帰ろうと考えていたのだが、
京都駅前の「新福菜館」でラーメン。
大垣夜行、指定席のみの列車なのだがすでに満員。
正月も明けきって平日なので油断してしまった。18きっぷ期間あなどれん。
まあ、ならゆっくり鈍行で帰るか、と思ったのだが、
京都を出たら名古屋あたりに出るまではへたな駅で終電を迎えられない。
大都市の駅に出ないと、安いネットカフェが駅前にないのだ。
田舎にもネットカフェはあるが、やたら高かったり、駅から遠かったりで
結構不便なことこのうえない。地理にも詳しいほうがいいなと考え、
京都でラーメン一杯だけ食べて京都を出発。
よくて名古屋、行ければ浜松までは出たいところだ。
いちばん上の京都の画像、
ラーメン屋二軒並んだ手前が「第一旭」奥が「新福菜館」。
京都駅前にある二大有名店の並びである。まあ、新福のほうが旨いんだが。
左は米原駅で買った、銘菓「糸切餅」。このテの菓子のわりに旨かった。
名古屋だと栄まで出ないとネットカフェの場所がわからないので
浜松まで出ることにした。21時半ほどには浜松到着。
相変わらずの浜松駅のイルミネーション。
わりと早い時間に到着できたので、浜松名物を探すことにする。
うなぎ?それは3ヶ月ほど仕事で滞在してたころに食いつくしましたよ。
正月明けにも駅前の旨いうなぎ屋「あつみ」に行ったことだし、
今回はうなぎ以外で浜松の旨いものを探してみることにする。
どーん。
浜松の隠れ名物は「浜松餃子」らしい。
ためしにググってもらいたい。意外と出てくる。地味に。
で、上の生意気な箇条書きがなにかというと、
浜松でいちばん有名であろう餃子屋にある注意書き。いたるところに。
このテのうるさい店といえば秋葉原のラーメン屋とかそのへんだが、
まあこんなのどうでもいい。珍しくはない。普通に常識的に食えばいいだけなのだ。
で、餃子を注文し、トイレに行く。
左が洗面台に貼られたもの。
右がトイレの入り口。すすむごとに張り紙がある。
昔女子トイレでなにかあったのか。なんなんだいったい。
ドアをあけて中に入る。
しつっけええええええええ。
なんなんだこの念の入れよう。
腹がたつとかイラつくとかを通り越して、
次は便器のフタをあけると貼ってあるとかいうオチを期待してしまった。
なかった。
あってほしかった。
メインは餃子のお店で、ラーメンはあまり出ていない感じ。
ツマミが2品ほどとあとは酒。完全に餃子の専門居酒屋。
餃子の中身は野菜オンリー(だったと思う)。
美味しいのは美味しいが、何故野菜だけ?
で、会社の新年会にも使われていた。
有名店なのはわかるが、餃子とツマミ数品とビールだけで新年会でいいのか?
不思議なお店だった。駅から徒歩7分ほどの「むつぎく」というお店。
まあこのあたりのサイトのほうが詳しいかと。浜松餃子。
ネットカフェでまったりしていると、早朝4時半におぢさんから呼び出し電話。
そういえば浜松にいたのか。知らなかった。
いろいろ騒動がおきるのだが、それはまた別のお話。
翌朝、鈍行で引き続き東京に帰る。
実家帰省を兼ねた、日本3分の1周遊旅行、終了。
(注1)仏壇のうえのほうに父の遺影が飾られているのだが、
なぜかその右下のすみっこに私の幼稚園のときの写真が入っている。
なんでわざわざ遺影に入れているのか不明なうえに、
生きている人間の写真を遺影に入れることが
あまり縁起のよろしくないことだとも特に思っていない様子。
むしろ縁起がいいとでも思っていそうな勢いのこの頃の母の暴走っぷり。
(注2)大垣夜行=今のムーンライトながら。
18きっぱー暦の長い人間にとっては、いつまでもあれは「大垣夜行」。